A Day in the Life

フィクションの話をしてるんじゃない。現実の話をしているんだ。

ある雑感

きっかけは割愛するけれど、わたしがSMAPを明確に好きだと意識したのは1995年だから、二十年くらい前のことだ。そこから五年くらいの間、CDやビデオを購入したり雑誌を買ったり、テレビやラジオを視聴したり、ファンクラブに入会してコンサートへ行ったりと、まあ普通にファンのやることをやっていた感じだ。
わたしが好きになり始めた頃はすでに十代向けのラブソングではなく、ままならない日常を生きてる社会人向けの歌を多く歌うようになっていた。
たぶんそれがよかった。昔から恋愛色の強いものは苦手だった。わたしはSMAPの歌は全部好きになった。
とはいえ当時のわたしがそういった歌詞に現実感を持っていたかというと、否だ。
「余計な仕事押しつけられて案の定ミスが山積み」とか「明日のために働こうちょっと眠いけど」とか「僕らよりも若い人がまわりに増えて毎年ひとつずつ年取ってゆくのを実感するこの頃」とか「ファイトなら三発ぐらいは残ってるけどそれだけじゃ足りないなんて」とか中学生の小娘にわかるわけないし、実際わかっていなかったのだ。理解できる部分を自分なりになぞって、自分にもそういう未来が待っているのだとぼんやり予想していた。
社会に出ると、歌のようにままならない日常を踏ん張りつつも軽やかに生きてゆくのは予想していたよりずっと難しくて、特に昨日は正直ちょっとまいっていた。
そんな状態で目撃したのがあの生放送だった。

君らもか。

君らもそうなのか。

だからなんだって話だし、正直どうしたらいいのかわからないし、わたしに何をどうこう言う資格もないし。

ただわたしは彼らが気持ちよく活動できて、ファンが気持ちよく応援できる日が来ることを祈る。

死ねない理由をそこに映し出す

ライダーも終わりの季節を迎えるこの頃、推しキャラを持つファン心理というのはとても不思議なもので、どう考えても死にそうにない登場人物でも死ぬのではないかと不安で仕方なくなるらしい。
冷静になればこのキャラクターが死ぬはずはないとわかりそうなものなのだが、冷静になれたらガチ勢なんてなってない。
そんなわけで久しぶりにドライブ語りするよ。例によってほとんどベルトさんの話だよ。クライマックスだから自重なんてしないよ。

ドライブ43話での「なんだか回路があたたかい」の言葉の意味を、日曜からずっと考えている。
というのは「この戦いが終わったらベルトさんはどうなるのか」という、わたしのずっと抱えていた懸念に対する回答が含まれている気がするからだ。
そもそもそんな懸念を抱くようになったのは、ベルトさんがとっくに人間やめて道具に徹している存在だからで、役割を終えた道具はもう必要ないという理由で消えてしまうのではないか、と考えたからだ。
また、いくら元凶の一端とはいえ、永遠に責任を取り続けるのはおかしいと思っている。過ちを冒した科学者などごまんといるが、皆例外なく死んだのだ。どれだけ罪悪感に苦しんでも次の世代に託すしかなかった。

今回初めて事件に関係のない恋愛相談を進ノ介が持ちかけたのだけれど、つまりこれはベルトさんに戦う以外の存在価値が付加されたということではないのか。
役割が終わったら要らなくなる道具ではなくて、ただ居てほしいから居る。理由なんか要らない。そういう存在に成りつつある、いやもう成ってる、ということなのではないか。

例の言葉が「まるで死亡フラグ…」と言われていたけれど、わたしはこう見るから生きてく理由を見出してしまうんだよなあ。
ただわたしはそれが何のフラグだか判定できる人間じゃないんだよね。神戸@相棒の卒業もまったく予期できなかったくらいだし。当てにならない希望だよ。でもないよりマシでしょ?

仮面ライダードライブ シークレット・ミッション type TOKUJO #1

第1話「特状課はどうやって集められたのか」

それは剛が発したひとつの疑問から始まった。
「特状課は何故このメンバーなのか?」
問われたベルトさんは何故か一年前の、あのグローバルフリーズの夜に起きた殺人事件の調査をするよう提案してーー


オープニングも次回予告もほぼ本編と同じで普通にミステリドラマやってるんですけど。まだ要素だけばら撒かれた状態だから何が何やら。

ていうかわたし、事件の真相よりもどうしてベルトさんが進ノ介たちに捜査をするよう仕向けたのかが気になるんですけど(安定のベルトさんのモンペ)。りんなさんもどういう風の吹き回し?って言ってたくらいだし。

そもそも最初に剛が発した疑問は、そのまま剛にも向けられるわけで。霧子にはプロトドライブに助けられたからという理由があるけれど、剛が仮面ライダーに関わるようになったきっかけはなんなのか。劇中で蛮野博士の名前に反応していたようだったけど、それは関係しているのか。

死んだ教授が開発していた、死の概念を変えるとかいうアニマシステムがモロにベルトさんや蛮野博士の現状とつながりそう……ていうかそれってあれだろ!肉体が滅びても精神はネットワーク上で生き延びるとかいうあれだろ!海外のドキュメンタリーでもやってたけど、その方法で死を免れたとして、それは生きてると言えるのだろうか。この手の話題が出てくる度にそういうこと考えちゃうんだよなあ。

以下、気になった設定とか。
  • グローバルフリーズが起きたのは2014年4月8日。
  • りんなさんはクリムが死ぬ前からの知り合いだった。
  • 剛はベルトさんをクリムと呼ぶ。やはりベルトさんと呼ぶのは進ノ介だけなのかもしれない。
  • 霧子はやはりドライブになろうとしていた。
  • ↑この時点ではまだ進ノ介は候補に上がっていない。いつ、どこで、誰が見出したのか?
  • タブレットに蛮野博士と呼びかけるブレン。
  • 教授の研究室に飾られているマーマーマンションのポスター。ファンなの?
  • 本編で公安の人の悪事を暴いたことが言及されている。

恐らくこれを見なくても本編の視聴には差し障りはないし、細かな設定や展開が先取りできるくらいだと思う。たぶん、ガチでドライブ追いかけてる人にしか向けてない。

前年までがどうだったのかよくわからないんだけど、映画の特典といい、ドライブはなんでこんなにスピンオフドラマに力を入れてるんだ?わたしとしては追いかけ甲斐があるし、ライトファンはスルーしても問題ない内容なんだけど。
企画された段階でそういう予定が組み込まれてたんだろうけど、本当に不思議だ……。物語がたくさん存在しているのはとてもうれしいけれどね。

仮面ライダー4号 エピソード3(最終回)(追記あり)

エピソード3「決斗!ショッカー首領の正体」


あ、ありのまま起こったことを話すぜ!おれはドライブ沼の最深部にいたはずなのにファイズ沼に突き落とされかかっている。何を言っているのか(ry


だってさ、こんなん見せられたら見るしかないだろ?またこれがさ、dビデオでファイズ全話配信してたりするんだよ?視聴待ったなしだろこれ?


本当すごいものを見たわ。3号のネタ映画っぷりはなんだったの?ガチでやったらこういうのも作れますよって言いたいの?

見ていて一期っぽいと思ってたんだけど、ディケイドと二期を経た今、一期の物語をアップデートするとこうなりますよと証明したような作品だった。

わたしはファイズをほとんど見ていないけど(ネタバレや結末は知ってる)、それでも心震わす物語だった。ファイズを見ていた人達にとってそれはもうとんでもない作品になったようで……。


以下、内容に触れます。


悲しみを繰り返し、僕らは何処へ行くのだろう。


時間が繰り返されるのは霧子の悲しみがショッカーの時間改変マシンを動かしていたからだと思われていたのが、真実は違った。本当にマシンを動かしていたのは、たくさんの死を見てきた巧の悲しみと、己の生に対する未練だった。(本当に「乾巧って奴の仕業」にするってどういう皮肉だよ?)

本当のことに気づいて、この繰り返しを終わらせようとするかなしい、やさしい巧。そしてそんな巧に死んでほしくない海堂。

背中にのしかかる「命」の重み。これが乾巧という人間が背負ってきたものなのだろうな。見たことのないはずの物語を垣間見た気がした。


そうして世界は乾巧のいない「正しい」世界に戻った。恐らく海堂以外は誰も覚えていないけれど、彼は存在していた。繰り返した時間は確かにあった。記憶から、記録から消えても、進ノ介の涙がそれを証明している。


ドライブの世界以外から来たもうひとりのライダーがゼロノス=桜井侑斗であることも示唆的だ。彼は電王の物語で、自らの存在を賭けて世界を守る使命を帯びていた。今回の巧の立場と重なる部分がある。

そんな侑斗も「戻った」あとは巧のことは覚えていないようだった。彼は変身するけれど、良太郎のような特異点ではないから、時間が改変されると記憶も変わってしまうからだろう。変身するたびに人の記憶から消えてゆく運命だった彼が、巧のことを忘れてしまうのは残酷で、せつない。


……このやり切れなさが!もう!すごい久しぶりの感覚で、悶えた。これを書いていても時折泣きそうになったってどういうことよ?ファイズ知らないわたしが泣くのおかしいでしょ!?もう!なんなんだよ……。


一期らしい、と感じたのが物語の中盤で霧子が自ら命を絶つシーンだった。決して残虐な描写ではないのだけれど、とてもテレビでは放送できないと思った。ひょっとしたら一期でも無理だったかもしれない。

スピンオフとはいえ、現行ヒーローの作品のヒロインが死ぬ。それも自ら飛び降りて。こんな容赦のない展開、テレビじゃできない。全年齢向けの映画でも。

現在のライダー枠は、以前よりもずっと表現が規制されていると聞いた。それでも制作側はその規制の中でも面白いものを作ろうとしているに決まっているし、事実わたしは現行のドライブを面白いと思っている。平成ライダーの中で一番好きな作品だと言っていい。

でも、もしこの規制がなかったらどれだけのものができるのか。仮面ライダー4号は、そういうifも含まれた作品だったのかもしれない。


もう一度言うけど、仮面ライダー4号は傑作でした。でも、ドライブを好きになっていなかったら見ることはなかったかもしれません。

もしも仮面ライダー3号を観に行かなかったら、エピソード1のDVDを見ていなかったら、クレジットカードを持っていなかったら……。事実見られない人も、見ないという選択をした人もいる中で、ギリギリのところで出会うことが出来ました。

今回配信という形をとったことについては賛否あります。しかし、まずはこのような心を揺さぶる作品を作ってくれたことに感謝したいです。幸運にも見ることの出来たひとりとして。ありがとうございました。

仮面ライダー4号 エピソード1&2

今だから告白するけど、最初は見る予定はなかったんです、この企画。だって3号が出たと思ったら今度は4号で空を飛ぶとかすごいネタっぽいじゃないですか?本編と関わりの薄そうなものはスルーしようと思っていました。際限なくなるし。

でも映画館でもらったDVD見たらこんなの配信見るしかないみたいなお話で。ずるいなと思いつつ、本日エピソード2を見たんですよ。


なんだこのめっちゃ面白い話は。進ノ介が、進ノ介がかっこよすぎる……!


えーと、結論から言うと先の考えを撤回することにしました。こうなったら、地獄の果てまでドライブに付き合ってやるよ……!

以下、内容に触れます。


エピソード1「死斗!仮面ライダーは三度死ぬ!!」

映画に引き続き剛くんは何回死ぬんだよおおおおおお!!!!マッハが一体何したっていうんだよおおおおお!!!

っていう。

かねてからドライブはSFだと言い張ってましたが、とうとう時間SFにまで手を出してきやがった……!

これまどマギや…同じ時間をループしてるんや…ループものってなんで怖いんだろうな…(ループもので仮面ライダーなのに何故か龍騎は連想できなかった勢)

進ノ介の健康状態はシフトブレスを通して管理しているということがさらっと語られ、「なるほどこれはおいしい(どういう意味だ)設定だ」くらいには思いましたが、まさかこれがエピソード2の布石だとは予想できなかったのです……。


エピソード2「対決!!スカイサイクロン急襲」

時間を繰り返していることに気づいた進ノ介は、自分が死ぬ直前にベルトさんにあることを頼みます。それは自分の健康状態の記録を、書き換えできない領域に保存すること。
間もなく時間が巻き戻り、確認すると間違いなく進ノ介が死んだ記録が残っていました。ループを確信した進ノ介はこの状況を打破しようと試みるのですが……。

こ れ か 。このためにあの設定出したのか。ドライブは設定萌えこじらせて見てるもんだから、こういう展開には本当に弱いんだ。大好き。

でもこのエピソードで一番訴えたいのは、進ノ介がとにかくかっこいいということだ。

繰り返す時間からなんとか抜け出したい。ショッカーの装置を破壊すれば解決するかもしれないが、そうすれば剛が死ぬかもしれない。

時間を重ねるごとに思いも重なってゆく。

誰も死なせたくない。自分も死ぬわけにはいかない。霧子を悲しませてはいけない。
なのに時間は繰り返す。突破口は見つからず、何もできないままに。
その思いと苛立ちを込めた、このエピソードのラストカットに震えた。

そして時間が繰り返される理由が、ショッカーの陰謀と、剛の死を悲しむ霧子の思いが重なったから、というのはなんて残酷なんだろう。
ショッカーはそんな思いを愚かだと嘲笑う。でもわたしは、霧子の、時間すら巻き戻す思いの強さを思うと泣きそうになるのだけれど。

3号映画は時に笑いすらこみ上げてくるネタ映画だったっていうのに、なんてこった。

ディケイド以降の、ショッカーが出てきたり、パラレルワールドでの設定だというのに、まるで一期を見ている気分だった。龍騎を連想したのもあるけれど、逃げ場のない閉塞感と、その状況を打破しようともがく人間たちの姿がそれを思い出させたのかもしれない。

最終話、本当に楽しみです。机ドン!!

それはあまりに近すぎる

変身アイテムがしゃべったり、主人公の相棒が無機物という設定はもともと好きなジャンルだった。リュウケンドーのゲキリュウケンや、キバのキバット牙狼のザルバとか。
だからわたしがドライブを見てベルトさんを好きになるのは必然なんだけど、それにしたって好きすぎる。おかしい。
で、上に挙げた彼らとベルトさんの違いはなんだろうと考えた結果出たのは、「人間」とのあらゆる意味での距離の違いだった。

彼らはそもそも人間じゃなかったり、もともと人間だけどあまりに昔すぎて本人すら覚えてなかったりする。人間とは別の生き物で、彼らが彼らの姿でいることは当然で、苦痛ではない。もしくは人間だったことを覚えていなければ、比較して苦しむこともない。「人間」であることと距離がある。
彼らに比べるとベルトさんはあまりにも人間に近すぎる。精神的にも、時間的にも。
人間でなくなったのはたかだか15年前だ。人格を損なうほどの時間ではない。精神的には人間そのものだと言っていい。その「人間」との距離の近さが生々しくて、痛々しい。
たかだか15年前だから人間だった頃を知ってる人がいて当然なんだけど、本当に知ってる人(ロイミュード含めて)が出てくる展開はなかなか残酷だと思う。客観的に見ているわたしが勝手に思ってるだけで、ベルトさん本人は思ってないだろうけど。

以前自分がベルトさんを好きなのは哀しいからだと書いたけれど、哀しさの内訳はこんな感じなんだろうな。不可逆の過去を自覚している残酷さを思うと哀しいし、せつない。

これだけベルトさんの哀しみについて語っているけれど、わたしが勝手に考えているだけであって、本人はその哀しいと思うところを全然見せてないからね。そこが本当好きですね。

燃料は投下されました(スーパーヒーロー大戦GP 仮面ライダー3号感想他)

最初に言っておくけどこのエントリは本編、映画、映画パンフのDVD、入場者特典のDVDなどから得たすべての情報を元にした感想と、考察もとい妄想なのでネタバレどころの騒ぎじゃないです。


春映画やっぱりアレでしたね。アレだからめっちゃ荒れてますね。
アレなのはいつものことなんで終始半笑いで観てたんだけど(入場前にDVD付パンフとベルトさんキーホルダー購入していたので大変機嫌がよかった)、マッハの扱いにはさすがに絶句するしかなかったね。

いやほんと推しキャラがあんな扱いされたマッハ沼の人達今どうなってるんだろう……。強く生きてほしい……。


3号ミッチーはかっこよかったです。ミッチー目当てで観に行った人がガッカリすることはないとわかって、そこはホッとしました。

ただまあドライブに流れてくることはないだろうな……。元々パラレルだから覚悟してたけど。本編は刑事ドラマモチーフで重なる部分もあるんだけどね。

ライダーいっぱい出てきたし、誰かひとりでも、どれかひとつでも、興味を持ってもらえたら御の字です。


どうせアレなんだから改変された進ノ介のキャラがどうなってもそれは構わないんですが、あの場合ベルトさんの設定はどうなってるんだということが気になって仕方ない設定萌えこじらせたモンペです。

たぶん進ノ介がトップギアならそれでいいんだろなベルトさんは……。


以下、考察のフリをした妄想。

入場者特典の4号とかパンフについてたDVDとかもらえるもんは全然見たんだけど、聞き捨てならない台詞があったのがパンフDVDに入ってたシークレットミッション予告編でして。

ブレンがタブレット(人間から強奪したんだよなあれw)の画面に向かってこう言ってるんですよ。「蛮野博士、あなたのせいですよ」って。


おい。


おい。


やっぱり蛮野博士が001なのか……?望んで取り込まれたのかそうでないのかはわからないけれど、ベルトさんはかつての親友と対決してるってことなのか?お互い人間じゃなくなった状態で?


(燃料が投下される音)


「この事件には蛮野が関わってる可能性がある」って言ってるから、死んでない可能性は把握してるのな。

自分が生きてるんだから、そりゃ向こうだって生きてる可能性があるって考えるよな。

仮面ライダーとロイミュード、双方が持つ動力源コアドライビアを動かすには人間の感情が不可欠ではないかと睨んでるんだけど、ロイミュード側のキーとなったのが蛮野博士の抱えていた何らかの憎悪だとしたら。

冬映画でベルトさんは自分の心が弱いと言っていたけれど、それは精神的に弱いとかじゃなくて、人並みの善意や良心こそあれ、すべてを憎むような強烈な悪意は持っていなかったってことだと思ってる。

善意は弱いよ。憎悪に比べたら。

だから進ノ介は超人なのかな。憎悪に負けない善意の持ち主だから。だからベルトさんは進ノ介のことを「あこがれ」と言うのかな。くじけても立ち直る心と、選択を誤らない強さにあこがれてるのかな。