A Day in the Life

フィクションの話をしてるんじゃない。現実の話をしているんだ。

特命調査における刀剣男士の愛と哀しみ、物語を紡ぐことへの「賛歌」について

あなたがこの文章を読んでいるということは、刀剣乱舞のイベントに登場した正月の監査官の情報が解禁されたということだ。これは解禁前の1月22日から書き始めている。この気持ちは解禁されるまで待ってられないのでね。


これを読んでいる人で刀剣乱舞を知らない方はあまりいないだろうが一応説明すると、プレイヤーは審神者(さにわ)となって、刀剣の付喪神=刀剣男士を使役して歴史を変えようとする敵と戦うゲームである。細かいシナリオなどはなく、戦闘やイベント以外では、大まかなキャラクター設定やボイス、キャラクター同士のちょっとした会話(回想)くらいしかない(裏設定はあると思うが)。
その代わりメディアミックスは盛んで、舞台やミュージカル、アニメや映画など多岐にわたり展開されている。しかしそれらにつながりはなく、そのどれもが「とある本丸」という設定である。そしてゲーム内や、二次創作で描かれる本丸も「とある本丸」の一つ、ということになっている。


さて、何故わたしがこんな文章を書いているかというと、一月の「特命調査」というイベントに登場したあるキャラクターを好きになったからだ。
そのキャラクターは正体が明かされないまま監査官として登場し、イベントをクリアすると仲間になる、というものだった。
イベントの手順等は省くが、自分は毎日少しずつ進めるのが性に合わないので、課金して必ず七が出るイカサマ賽子(七福賽と言え)を使い、一日でクリアした。新キャラが仲間になり、それで満足するはずだった。
しかし終わらなかった。時間が経つにつれ、イベント内でのキャラクターの会話や言葉が、自分の中にじわじわと沁み込んで来たのだ。
ここからはイベント内でのストーリーやキャラクター設定など踏み込んで語るので、読みたくない人は読まないでほしい。


俗説、というのがある。よく考えたらありえない話なのに、あたかも事実のように流布してしまう物語。Twitterで歴史クラスタが指摘しているのをよく見かける。 
今回登場したキャラクターは、そのままでも有名で有力な刀剣であったのに、「沖田総司が持っていた金一万両の刀」という俗説も付いてしまった刀剣男士・一文字則宗だった。
実は実装前から、「きっとこの刀だろう」という予想はされていた。Twitterには頭のいい人たちがたくさんいて、「沖田総司の刀だった加州清光がメインを張るイベントに登場する刀剣男士」の中では予想の範疇だったのだ(加州清光刀剣乱舞内においては、“本当に”沖田総司の刀だった刀剣男士の設定である)。
わたしは思った。もしそうなら、この刀剣男士は勝手に沖田総司の刀ということにされたのを迷惑がっていて、嫌味の一つでも言うのかもしれない、と。
更にイベント前日に公表された彼の台詞は皮肉が込められているように聴こえて、恐らくあれを聴いた大半の審神者は「喧嘩売ってる?」「嫌な奴だ」という印象を持ったに違いない。
蓋を開けてみたら、まったくそんなことはなかった。全然嫌な奴じゃないどころか懐の広い、深い愛の持ち主だった。
ストーリー内で、彼は自分が「沖田総司の刀という俗説」が付いた刀だったと匂わせる。彼はそれを作り話だとわかっていた。俗説が付く前から有名で有力な刀剣だった彼にとって、そのおかしな俗説はノイズでしかなかったと思う。ともあれ彼は、人が作った物語の中で沖田総司を知った。
これまでどのような葛藤があったのかはわからないが、彼は自分にありもしない俗説が付けられた理由を「愛」だと語った。たとえ作り話でもそうあってほしいと願った人々がいたのだ、と。
嫌味の一つでも言われると思っていたわたしはその言葉にとても驚いた。人の勝手な願いのためにある意味利用された「物」から、肯定の言葉を向けられるとは思わなかった。もちろん俗説以前から、長い年月その刀が──彼が、人に大切にされてきたからこそ、そう言えたのだろうが。
そして彼は、自分に付けられた物語から見知った沖田総司新選組にも心を寄せていた。“本物の”沖田総司の刀である清光の前では見せないが、本イベントで新選組の面々と戦うことになる最終戦の前に、彼は“少し泣く”のだ。

本当に驚いた。どれだけ優しいんだこのひと(刀)。人の子の果てなき愛も、物語に心を縛られる哀しみも、すべて受け入れている。

考えれば考えるほど彼の優しさが深くて、そしてちょっと哀しくて、気づけば好きになっていたよね。彼の在り方、有り様そのものにとても惹かれるというか。刀そのものの歴史等をもっと知りたいという気持ちがどんどん強くなっている。


なおこのイベントのオチですが、任務が終わり「達者でな」と帰された清光が本丸でしんみりしていると、突然彼が現れて感傷を台無しにされてしまう、というものでした。うちではもうすっかり本丸ライフ満喫してます。楽しいね!


さて。刀剣男士の優しさに心を打たれたと同時に、これは運営からの「賛歌」のようなお話だとわたしは思いました。
史実じゃない俗説が広まることは決していいことではありません。たとえ愛があったとしても、「物」が赦してくれても、許されてはいけないでしょう。しかしこのお話の中で完全否定はされませんでした。何故でしょうか。
それは、刀剣乱舞が「とある本丸」を大事にしているゲームだからだと思うのです。
公式を始めとする、数えきれないほどの作り話こそが刀剣乱舞の本質だから──たとえ正しいことでなくても、完全に否定はできないのだと。
本当はこうあってほしいと願い、ありもしない物語を紡ぐすべての人たちへの「賛歌」のようなお話でした。
最後の特命調査、とても楽しかったです。ありがとうございました。

 


蛇足:ところでイベント後に清光以外と出陣することで発生する「回想」も大変面白くて本当に沼ですね……。日光さんから「御前」と呼ばれる一文字の祖の一人称が「僕」って何?フランス人形みたいな見た目で中身は若造をからかう愉快な隠居ジジイって何??ほんっっと好きしかないわ……

ひとの結婚式で

ポジティブな理由で泣きそうになったのは初めてである。ひとっていうか最も近い身内の弟だけど。せいぜい「ちょっと泣きそう」レベルで、他の親族や友人ダーダー泣いてたから、わたしは本当に他者への共感能力が低いんだと思った。それはともかく。

結婚式はとてもよかった。ホテルの披露宴とかじゃなくて規模の小さいハコだったけど、とてもよかった。

わたしはこの結婚式について、何もタッチしていない。スピーチを頼まれたらどうしようか考えたがそんな依頼はまったくなかった。式の日取りは知っていたものの、こちらから催促するまで招待状すら渡されなかった。結婚する相手と事前に会うこともなかった。本当に式を挙げるのか、何かトラブルでもあったのか不安になったほどだ。

しかし実際弟はきちんと段取りを済ませていた。相手方への挨拶、会場の手配、式当日の進行や親との打ち合わせ、料理のメニューまで、ちゃんとやっていた。当然のことだが。

それは別によかった。わたしは完全に招待されるだけの役回り、ということでよかった。

つらかったのは、わたしが何の関与もしていないこの式で、身内面して(身内だけど)立っていなくてはいけないことだった。どんな顔をしていいのかわからなかった。いたたまれない気持ちでいっぱいだった。何か話をしたいけど、何をどう話せばいいのかわからなくて、式が終わってわたしは帰った。身内じゃなくて、他の参列者みたいに。

弟や父から「どうして勝手に帰ったんだ」と怒られるかと思ったけど、何もなかった。いじけてるだけなのかもしれない。けど、最初から最後までわたしは必要なかったのだ、と思った。

結婚願望はないので、先を越されて悔しい気持ちはまったくない。むしろやっと父に「父親のスピーチ」をさせてくれてありがとうとすら思っている。自分の人生ではその役割を与えるのは無理だとわかっているから。

でもやっぱり、なんだか悲しいな。必要とされないのって、とてもつらいことだ。

せっかくの晴れの日にけちをつけたくないから、この気持ちは墓まで持っていくつもりだ。

最後に言えなかったけど、結婚おめでとう。そしてありがとう。

 

どうしたら

仕事やめられるかなー。怒られるのが本当につらい。自分が悪い時はしゃーないけど、時折理不尽だと思うことがある。なんでビクビクしながら仕事しなくちゃいけないんだ。やめるのはいつでも出来るけど、お金ないのに簡単にやめるわけにはいかないわけで。ちゃんと働くから理不尽に怒られなくて土日祝休ませてくれるところで働きたいよー。

体調崩してた

週明けから体調が急に悪くなって本気で我慢できないほどだったので早退して、翌日が休みの日だったのもあってほぼ一日半伏せてた。熱も出てしまった。食べることも動くこともお風呂に入ることもできず、一番悪い時は起き上がることすら億劫でひたすら寝てるしかなかった。こんなに体調を悪くするのは何年ぶりだろう。子どもの頃に体調を崩すとタクシーで子ども診に連れて行かれたことなど病床で思い出した。

幸いインフルエンザではなくて休日の終わりには動いてお風呂に入れるまで回復したけど、食欲はあまり戻らない。というか食べてもすぐにお腹いっぱいになるし、消化も遅くなっていると感じる。

前々からあまり食べたくならないとは気づいていたけど、胃腸風邪だったとは思わなかった。一時期めちゃくちゃに食べてたからしっぺ返しが来たに違いない。とにかく今は消化のよいものしか口にできない。つらい。元気になったらから揚げとか食べたいなあ。